大量出土・大量保存活用へ
横浜開港資料館調査研究員 伊藤泉美
 この度山下町136番地で横浜媽祖廟(天后宮)の建設工事を進めていたところ、明治・大正期の煉瓦やその遺構、ガラス瓶、陶器破片などが大量に出土した。これは関東大震災以前および災害時の中華街の状況を伝える大変貴重な史料であるため、媽祖廟と横浜市ふるさと歴史財団の3施設(横浜開港資料館・横浜都市発展記念館・埋蔵文化財センター)が工事に立会い、出土煉瓦類を保存し、その活用を行うこととなった。
T 出土場所 横浜市中区山下町136番地
U 出土遺物および遺構
煉瓦遺構 【写真1】 写真を見る 【写真2】 写真を見る
  煉瓦を2枚ずつ縦横に組み合わせて敷き詰められた面が現れた。敷地のかなりの部分がこのような煉瓦敷きであったと考えられる。使用されている煉瓦はその刻印および形状から関東大震災以前のものである。破壊を免れてこのような煉瓦敷きが出土するのは大変珍しい。また、敷地道路側からは煉瓦の建物基礎と思われるものが出土した。
土層の断面図 【写真3】 写真を見る
  136番地の敷地は表面から1)アスファルト、2)コンクリート、3)煉瓦敷き、4)焼けた土、5)煉瓦瓦礫、6)自然の土層(どたん層)となっている。5)煉瓦瓦礫には関東大震災で倒壊した建物の煉瓦などが含まれ、その上に焼けた土の層が確認されたことから、煉瓦敷きは震災後のものと判断される。
出土遺物 【写真4】 写真を見る 【写真5】 写真を見る
  (1)煉瓦  
  分銅印入り手抜き煉瓦 1880年代に設置された下水道に使われていたものと同じ刻印であることが確認される。下水管の煉瓦そのものか、あるいは後に建物用に再利用されていたものかと考えられる。
  機械製煉瓦 明治20年代以降に製造されたもの。表面にはピアノ線で裁断した際の「ちりめん」模様が認められる。
  (2)高熱で溶けた壜
  (3)陶器片やガラス瓶
なお、現在は収集史料の整理段階なので、詳細は報告にはまだ日数を要す。
V 歴史的意味
この場所の歴史
   山下町136番地は幕末に設けられた横浜外国人居留地136番地にあたる。現在の南門通り(旧前田橋通り)は関内の山下居留地(主に商業地)から山手居留地(住宅・文教地区)をつなぐ道であり、居留外国人の往来賑やかな通りであった。今から百年ほど前の山下町136番地には当時の英字年鑑The Japan Directoryによれば、中国人経営のレストラン・両替商・籐家具店、西洋人経営のバー、日本人経営の牛乳店などが存在していた。
【写真6】 写真を見る 【写真7】 写真を見る
   山下町は旧外国人居留地にあたり、その地下には多くの煉瓦遺構が埋設されていると思われる。しかし、近代の遺構類は埋蔵文化財の対象外であるため、近年の山下町地区のマンション建設ラッシュなどで、その多くの貴重な遺構が失われるままになっている。
 今回はボーリング調査の段階で煉瓦遺構の存在に気づき、中華街の歴史遺物を大切にしたいという施主側媽祖廟の意向もあり、厳しい工事日程の中でも、横浜開港資料館・横浜都市発展記念館・埋蔵文化財センターの職員が工事の要所に立会い、現場観察や写真の記録などを残すことができた。そのため、震災以前の煉瓦などが採集できただけでなく、震災後の状況も知ることができた。
 また、今回は出土した遺物、特に煉瓦を大量(約800枚)保存し、それを有効に活用していく方法が迅速に決定されたことの意味が大きい。
W 出土遺物の保存・活用方針
1 天后宮(媽祖廟)での活用
  鐘楼や太鼓楼の基礎部分に出土煉瓦を使用。現在700枚を保存。
2 横浜都市発展記念館企画展示での紹介
 
展示名称: 「地中に眠る都市の記憶―地下遺構が語る明治・大正の横浜」
開催期間: 2005年9月3日(土)〜12月11日(日)
主  催: 横浜都市発展記念館
横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター
協  力: 横浜開港資料館
場  所: 横浜都市発展記念館 日本大通り12番地 
電話 045(663)2424
みなとみらい線日本大通り駅3番出口0分
http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/